けけの備忘録

20代そこそこのいわゆるZ世代。ニュースや日常生活の中で感じたことをエッセイ的に書きます。

「子供」を守れない「大人」たち

104全国高等学校野球選手権大会、いわゆる「夏の甲子園」が始まった。コロナ禍でなかなか思うような学生生活が送れなかった球児たちが、少しでも良かったと思えるような大会にして欲しいと強く思う。

 

私は普段プロ野球をよく見るが、やはり技術やパワーでは高校生は敵わない。それでも高校球児たちの全力プレイは見ていて気持ちがいい。

スポーツは「人」を見るものなのだな、と改めて感じさせられる。

 

 

さて、白球を追いかける球児たちの裏にはコロナウイルスの猛威が迫っている。

8月6日の開会式には新型コロナウイルスの感染者が出た一部の学校は参加しなかった。

それでもすぐに出場辞退とならなかったことに高野連および関係者に敬意を表したい。

 

一方で、高校サッカーのインターハイでは「感染者が一人出れば辞退」という厳しすぎる規定で出場辞退となった学校がいくつかあった。

 

色々な事情はあるのだろうが、このような極端な規定は正直理解できない

サッカーで言えば、Jリーグは一部の声出し応援などを認めているし、社会的には多少の感染者は許容する方向で動いている。

もちろん感染していいわけではない。

ただ、3年生にとっては最後のインターハイだ。

「一生に一度」の重みを軽視しすぎだ

 

思えば、新型コロナウイルスに関しては、軒並み学生に対して厳しすぎる

修学旅行が中止になった学校も多くあると聞くが、高齢者の集団が普通に旅行していて、中高生が修学旅行に行けないなど不条理だ。

 

 

私も大学4年生の時にコロナ禍だった。苦しい就活が終わり、遊びたくても遊べないし、部活もない。

喋るような部活ではなかったが、一律的に禁止されていた。

仕方なく、秋口から開き始めた図書館で勉強していた。

図書館に向かう途中、小学校のグラウンドで、高齢者のグループがゲートボールを楽しんでいた

「自分は誰のために苦しんで自粛しているのか」と思った。

しかし、テレビでは「若者が感染拡大の原因」の一点張り。

この国で若者を守ってくれる人はいない。

この国はどうかしているのではないかと本気で思った。

 

 

さて、話を戻そう。

こんなことになった原因は間違いなく子供ではない。「大人」だ。

感染者が出れば苦情を入れる「大人」であり、批判を恐れる「大人」、子供のせいにする「大人」だ。

 

もちろん健康を守ることは大切だし、クラスターが起こってはいけない。

だが、最も守らなければならないのは「子供」そのものだ。

 

「子供」の健康ももちろんだが、子供の教育、経験、何より夢だ。

 

子供が子供らしくいられるようにするのが大人の役目ではないのか

 

 

 

今の日本は「子供」に「大人」になるように求めすぎている気がする。

この国では芦田愛菜ちゃんのような精神的に成熟した子がやたら賞賛される傾向にある。もちろんそれは素晴らしいことだが、「子供が子供らしくいる」のだって負けず劣らず素晴らしいことだ

若さに任せて二兎追いたければ追ってみればいい。一兎も得られない可能性もあるが、二兎を追った経験は何事にも変え難い。そして本当に二兎を掴む可能性もあるのだ。

そして、それが「大人」になったときに強力な礎となるのだ。

 

 

自分もそこそこ若いが、もうそんな元気はない。

だからこそ、今の学生たちには夢を追いかけて欲しい。

そして、その夢を大人が安易に壊してはいけない。

 

大人が子供の夢を壊す国に未来などあろうはずがないのだ。

本当に我々が守るべきものを見定めて、コロナウイルスの対策を講じていくべきだ。